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2003年5月1日 いまこそ「人間の安全保障」 人、モノ、金、サービス、映像などが世界を駆け巡る今日、人々の安全は相互に結びついている。政治的な解放と民主化は、新たな可能性を切り開く一方で政治経済的な不安定や内戦などの歪みを生み出した。年間80万人以上の人々が暴力によって生命を失い、28億人が貧困、疾病、識字能力の欠如などの困難な状況に直面している。また、紛争と欠乏は相互に関連している。緻密な研究を要するものの、欠乏は暴力に結びつく多くの要因を内包するといえる。逆に戦争が人々の生命を奪い、信頼を破壊し、貧困と犯罪を増加させ、経済を停滞させることは明らかである。こうした危険要因に効果的に対処するには包括的な手段が必要となる。 本報告書が「人間の安全保障」を希求するのは今日の世界のさまざまな課題に対応するためである。現下の多様な危険要因に対応するためには、政策と制度をさらに強化し包括的なものとする必要がある。国家は安全保障に引き続き一義的な責任を有するが、安全保障の課題が一層複雑化し多様な関係主体が新たな役割を担おうとする中で、われわれはそのパラダイムを再考する必要があろう。安全保障の焦点は国家から人々の安全保障へ、すなわち「人間の安全保障」へ拡大されなくてはならない。 「人間の安全保障」とは人間の中枢にある自由を守ることである。「人間の安全保障」は人間自身に内在する強さと希望に拠って立ち、死活的かつ広範な脅威から人々を守ることを意味する。また、「人間の安全保障」は生存、生活及び尊厳を確保するための基本的な条件を人々が得られるようなシステムを構築することでもある。さらに、「人間の安全保障」は「欠乏からの自由」、「恐怖からの自由」、あるいは自身のために行動する自由といった様々な自由を結びつける。「保護」と「能力強化」はこうした目的を達するための総合戦略である。人々を危険から保護するためには、一貫した規範・プロセス・制度を国際社会が協調して構築する必要がある。また、能力を強化することにより、人々は自らの可能性を開花させ意思決定に参画できるようになる。保護と能力強化は相互補完関係にあり、多くの状況で双方ともが必要となる。 「人間の安全保障」は「国家の安全保障」を補完し、人間開発を伸長させるとともに人権を推進する。「人間の安全保障」は、人間中心の考え方である点、また従前の安全保障概念上は脅威と見なされなかった危険要因に対応する点で、「国家の安全保障」を補い得る。また、「下降局面リスク」に光を当てることで、人間開発の焦点を「衡平を伴う成長」の先へと広げる。さらに人権の尊重は、「人間の安全保障」の核心を形成する。 民主的な原則を推進し、人々が統治に参画するとともに自らの意見を政策に反映させることは、「人間の安全保障」と開発のはじめの一歩である。このためには、強靱な制度づくり、法の支配の確立、そして人々の能力を強化することが必要不可欠である。
「人間の安全保障」は、紛争や欠乏への取組みを強化し統合する試みである。国連のミレニアム宣言とミレニアム開発目標(MDGs)はそのような取組みの例として挙げられよう。人間の安全保障を実現するには、人々が直面する死活的かつ広範な脅威に幅広く取組むことを通じ、国際社会の取組みの基盤であるミレニアム開発目標を越えていくことが必要である。 暴力を伴う紛争下における人々の保護:紛争下の犠牲者の多くは文民である。文民を保護するためには、法規範と制度の両面を強化するとともに、政治的、軍事的、人道的側面と開発の全てを包括的に捉えた戦略を策定する必要がある。委員会は、あらゆるレベルの安全保障機関が「人間の安全保障」を正規の安全保障問題として位置づけることを提案する。例えば市民権と人道法の扱いに関し既存の人権保障制度には致命的な欠陥があるが、そうした欠陥を是正し人権侵害の加害者が刑罰を免れることのないよう措置することが必要である。こうした取組みを支えるのは、コミュニティを基盤とし人々の間の共存と信頼の醸成をねらいとする戦略である。また、人道支援を通じ人々が生きていく上で必要な物資を供給することも喫緊の課題であり、なかんずく女性や子ども、高齢者もしくはその他の弱い立場にある人々の保護は優先事項である。同様に優先されるべき課題として、武器の拡散防止、天然資源や人間の違法取引の防止等を通じ、武装解除を進めるとともに犯罪を防圧することが挙げられる。 移動する人々の保護と能力強化:移動すること、移住することは多くの人々に暮らしをよくする機会を提供する。一方、紛争や重大な人権侵害から逃れようとする人々にとっては移動することが唯一身を守る手段である。慢性的貧困や政治経済状況の急速な悪化により故郷を追われる人々もあろう。しかし今日難民を除いては、移動する人々を保護し人の移動を規制する国際的な枠組みが合意されるには至っていない。こうした国際的枠組構築の可能性が追求されるべきであり、そのためにはハイレベルかつ広範な議論と対話の基盤を構築する必要がある。そうした議論と対話の中では、安全保障と開発に対する国家からの要請と、移動する人々の安全保障という要請をきめ細かくバランスさせる必要がある。また、難民と国内避難民を確実に保護し、現状から救済する手段を講じることも重要である。 紛争後の状況下における人々の保護と能力強化:停戦と和平交渉により紛争が終結しても、そのことが即ち平和と人間の安全保障をもたらすわけではない。「紛争下にある人々を保護する責任」は、「再建する責任」と併せて考えるべきである。紛争によって荒廃した国家の再建には、人々の保護と能力強化を主眼とする新たな枠組みと資金戦略が必要となる。この点「人間の安全保障フレームワーク」が重要視するのは人々に影響を与える多くの問題の相互連関であり、中でも、文民警察の強化と戦闘員の動員解除推進により治安を改善すること、避難民のニーズに迅速に対応すること、復興と開発を並行して進めること、和解と共存を促進すること、そして効果的なガバナンスを推進することが中心的な位置を占める。また、このような取組みを成功に導くためには、人々になるべく近いところで、全ての関係主体が単一のリーダーシップの下に行動する必要がある。さらにこうした枠組みが紛争後の状況下で機能するためには、現場の視点を重視し、関連の活動の計画策定、予算編成及び実施が首尾一貫して行われることが必要不可欠であり、こうした要請に応える新たな資金戦略が必要となる。 経済の安全保障−さまざまな選択肢の中から選ぶ力:極貧は依然として広範囲に蔓延している。貧困を撲滅するためには、市場が適切に機能することに加え、市場外の制度や機関が発達することが重要である。国際貿易体制が効率的かつ衡平であること、経済成長の恩恵が極貧下の人々に届くこと、利益が公平に分配されることが必要不可欠である。「人間の安全保障」は、慢性的貧困ばかりではなく急速な経済状況の悪化や自然災害、そしてそうした危機の社会的影響にも焦点を当てる。危機が発生した際に人々を守るためには、あるいは人々が貧困から脱却できるようにするためには、困難な状況下の人々の基本的なニーズと経済的社会的な最低限度を満たし得るような社会制度を整備する必要がある。世界人口の4分の3はなんらの社会保障の対象ではないか、ないしは安定した職業に就くことができないでいるという事実にかんがみれば、すべての人々がその暮らしを維持し、労働に基づく経済的安全を得られるようさらなる努力が必要である。土地の所有に関する権利、融資、教育、住宅へのアクセスは、特に貧しい女性にとっては死活的である。また、資源の衡平な分配は暮らしを支えていくための鍵であり、人々自身の能力と創意工夫を鼓舞する役割をも果たす。社会保護施策とセーフティネットは、社会的経済的な最低限度基準の充足を促進する。国家は、国際社会の支援をも活用し、自然災害と経済及び金融危機に対処するための早期警戒措置と予防措置を講ずる必要がある。 人間の安全保障のための保健衛生:保健サービスの進歩とは裏腹に、2001年だけで2,200万もの人々が予防可能な疾病により命を失った。また、HIVエイズは保健衛生史上最も破滅的な疾病となりつつある。世界的な感染症、貧困に起因する健康への脅威、及び暴力に起因する健康の剥奪は、緊急性と深刻度及び社会への影響にかんがみ特に重要であり、保健衛生に従事する者は保健サービスを公共財として促進すべきである。疾病の根本的原因を取り除き、早期警戒システムを提供するとともにひとたび危機が発生した時にその影響を緩和するためには、人々の情報へのアクセス確保を含めた社会制度整備に投資を行うとともに、保健に関する社会的行動を支援する必要がある。なかんずく、救命効果のある薬剤へのアクセスは途上国の人々には死活的である。この点、知的所有権に関する衡平な国際体制を確立し、研究開発に対するインセンティブを確保することと、救命効果のある薬剤が入手可能になることとのバランスを図る必要がある。国際社会はまた、例えば感染症に対する世界的な監視体制もしくは管理システムの構築を促進するため、世界的なネットワークとパートナーシップを形成する必要がある。 人間の安全保障のための知識、技術、及び価値観:「人間の安全保障」の実現にあたり、知識、生活技能及び多様性の尊重が、基礎教育と公共情報によりもたらされるという側面はとりわけ重要である。委員会は、特に女児教育の重要性に力点を置き、初等教育の完全普及を実現するため国際社会が積極的に支援を行うことを勧告する。学校は、性的暴力を含むあらゆる暴力から生徒を保護する場所であるべきであり、生徒を身体的な危険にさらすことは許されない。また、教育は偏向のない教育課程と教授法を通じ、多様性への尊重を育むとともに多様なアイデンティティを促進すべきである。公共メディアの存在は、生活技能や政治に関する情報を提供するのみならず人々に公共の場での発言権を与える意味で重要である。教育とメディアの役割は、雇用機会の拡大や各家計での健康増進に資する情報や技能を提供することにとどまらず、人々が積極的にその権利を行使し責任を果たせるよう支援することをも含むべきである。 上述の各論に基づき、委員会は以下の分野における政策的結論に達した。
多様な取組みの相互連関 これら一つひとつの政策的結論を推し進めるにあたり、必要なのは力を合わせていくことである。公的部門、民間部門、市民社会の活動主体がネットワークを形成し、規範を明確なものとして発展させ、一体となって行動に参画するとともに進歩状況と実績を見守っていくことが求められる。こうしたプロセスの中では国境を越えた水平的な連携が力を有するようになり、従来型の縦割り権力構造を補完するようになる。そしてこうした水平的連携が、胎動する国際世論に「声」を与え始めるのである。この意味で「人間の安全保障」は、既存の多くのイニチアチブを相互に関連づける触媒としての機能を果たしうる。 一方、効果的かつ適切な資源の動員も必要である。追加的な資源確保のためのコミットメントと同時に、最も必要とする人々へ資源を振り向ける必要がある。この点、委員会は「国連人間の安全保障基金」への貢献の重要性を認識するとともに、その拠出基盤の拡大を勧奨する。委員会はまた「人間の安全保障諮問委員会」が設立され、この諮問委員会が人間の安全保障基金に方向性を与えるとともに人間の安全保障委員会の勧告をフォローアップすることを勧告する。 最後に委員会は、関心国、国際機関及び市民社会が、国連とブレトンウッズ機関を中心とした「コア・グループ」を形成することを提案する。この提案は、人間の安全保障にかかわる世界中の活動主体を連携させ、わずかな資源の投入により大きな効果を引き出そうとする重要な取組みの一環である。 |
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